1 死んでからでは遅過ぎる? その遺言は、何を招くか

「金持ちには子どもはいない、ただ相続人がいるだけだ」……そんな言葉もあります。しかし実際は、相続争い=いわゆる「争族」は、必ずしも大金持ちというレベルだけではない規模で増加しているのが統計的数字のようです。案外、身近なことなのかもしれません。

相続、遺言……多くの皆さんには先のこと? あまり関係ない? そうでしょうか。現在は、圧倒的に資産は高年齢層に集中しています。現実的に自分の親に経済的に頼っていなくても、心のどこかでアテにしている、ということはないでしょうか。

あなたが親一人・子一人、ということであれば、何の問題もないでしょう。あなたと親の問題です。そうではなくて、兄弟や他の親族、さらには身近で親の世話をしている人などがいる場合は、みんなが親の資産をアテにしているかもしれません。「相続」が、いわゆる「争続」になる可能性があります。

逆に、親の立場からは、どうしたらいいのか。放っておけば皆で仲良く分けてくれるのか。それとも、ある程度、子どもたちの生活ぶりなどに応じて親の意向を示しておいたほうがいいのか。

実家の近くで、よく手伝ってくれる長男、結婚して遠くに暮らしている滅多に連絡がない長女、仕事をしたり、無職になったりを繰り返している次男……。あの子には家を渡したい、あいつには現金が必要だろう、こいつにはもう十分世話したから何もあげなくてもいいだろうなど、いろいろ考えが浮かんでくるでしょう。

2 「遺言」で何ができるのか?

そこで、「遺言を残す」ということは一つの選択です。自分の財産を死後、どのように分けるかを自分の意思で決めておくという意味では、これは、何もしないよりいいかもしれません。もちろん、「いや、もう法律に決まっている通りの分け方でいい」という場合もあるかとは思いますが、その場合でも不動産が複数ある場合などは、ある程度分け方を指定しておいた方が、残された相続人らも争いが一つ減り、助かる面があるでしょう。

では、遺言を書けば、パーフェクトに「争族」は避けられるか? そういうこともなくて、それでもさまざまな問題が生じ得ます。

A 遺言があると、かなり決定的な場合

再婚相手の連れ子に残したい場合

養子縁組をしていれば、子と扱われます。そうでなければ、当然に相続人とはなりません。したがって、遺贈を明示した遺言を書く必要があります。案外、後回しにしていることがあります。

お子さんのいない夫婦の場合

どちらかの配偶者が亡くなったら当然に残った配偶者に……いや、親はもう亡くなっていたとしても、兄弟姉妹がいる場合には、4分の1は相続権があります。ただ、兄弟姉妹には遺留分がないので、遺言ですべて妻(夫)に相続させる旨を書いておけば、その通りになります。遺言の有無だけ大きな差が出る場合です。

親族関係にない人へ残したい場合

この場合は、遺言による遺贈が必要でしょう。そして、意思を明確にし、法律的な間違いを避けるためには公正証書遺言にすることが望ましいと思います。

B 遺言により、争いが残る可能性が高い場合

遺言の作成にあたっては、常に「遺留分」に配慮する必要があります。遺留分というのは、相続人に残された最低限の相続財産の割合です。遺言で完全にある人に財産を集中させたとしても、遺留分がある相続人であれば、その最低限の権利を主張することはできます。

ただし、被相続人の兄弟姉妹にあたる相続人には遺留分はないこと、また、時効期間が侵害を知った時から1年と短いことに要注意。亡くなってから、遺言が発見されて一年というのは案外あっという間に過ぎてしまいます。早期の対応が必要です。

3 その養子縁組は有効か(最近の判例)

遺言という方法だけでなく、養子縁組、たとえば「孫」と縁組したり、長男の「嫁」と縁組するなどのことが行われます。一つには相続税上の「基礎控除」において優遇されるため、つまり、節税が目的として行われることがあります。

基礎控除「3,000万円+(600万円×法定相続人の数)」における「法定相続人」の数を増やす、ということです。

2017年1月31日に最高裁で「専ら相続税の節税のために養子縁組をする場合であっても,直ちに当該養子縁組について民法802条1号にいう「当事者間に縁組をする意思がないとき」に当たるとすることはできない。」とこの節税目的の養子縁組を肯定する旨の判決が下されました。

ですので、そのような養子縁組も有効ということなのですが、「子」が増えることにより相続人が増えるわけですから、一人一人の相続分は(そして遺留分も)減ります。

遺言に合わせて、養子縁組……争いは減るのか、増えるのか……難しいところです。

4 その生前贈与は、相続財産(特別受益)とはならないか

兄弟姉妹、それぞれ性格や生き方はバラバラとなるのが世の常です。なので、親からの援助も異なることは当然あります。長男は家を建てるときに、随分親から援助を受けたようだ、いやいや三男だって、昔、私立の学校に通ってかなり学費を負担してもらったじゃないか、等々……。

「遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与」(民法903条)を受けた場合、つまりは相続財産の先渡しにあたるような生前贈与は、相続に当たって「持ち戻し」といって相続財産に組み込みましょう、という制度があります。相続人間の公平を図っての制度ですが、何が「特別受益」にあたるかをめぐっては、これまた争族になりがち。

「持ち戻しの免除」の意思表示を遺言でしておけば、とはいえ、遺留分に反映されないなど、完全に争族を避けるのはかなり難しいでしょう。

5 その賃料収入の行方

相続財産にアパート・マンションなど月々の賃料収入を生み出す物件が含まれているとき……まさに「金のなる木」というところですが、遺言や遺留分が絡むとき、果たして、いつから、どの割合で、どう帰属するのかは大いに争いになりえます。

とりわけ、一人に相続人が当該物件の管理をしている場合、そして、取得ローン債務の返済、税金の負担がある場合などは、さらにどこまでが分割の対象かもめる可能性が高まります。

6 たかが親のカネ(財産)、されど親のカネ……

以上のとおり、完全に争族をなくすことは極めて困難です。 「俺は、別にいらないから兄さんに全部やるよ」、「いやいや、お前大変そうだから、俺は放棄するよ」……なんて関係であれば、そもそも争族なんて起こりませんが、とかく世間は世知辛く、景気も悪いので、世の中、争族はなかなかなくなりません。

相続という法制度が存在しており、相続税等の税金の仕組みも時代により変化するシステムである以上、仕方ないことでしょう。

法律的にはなくなっても、「家」という発想も根強く残っており、「本家・分家」みたいな発想、「長男の嫁」みたいな概念も、21世紀の今もまだ残っているのが現状です。

7 「子供には何も残さず逝きなさい」先輩弁護士の遺言

私が弁護士として所属した事務所で10年以上、仕事を教え込まれた先輩弁護士の一人に佐藤和利弁護士という方がいました。後年、F1レーサーの佐藤琢磨の父親としても有名になりましたが、佐藤弁護士は、そもそも弁護士として抜群の能力があり、相続や民事再生などの分野において、私もかなり厳しく鍛えられました。ともかく、裁判官、交渉の相手方、さらに一緒に仕事をする税理士らを戸惑わせるほど、頭の回転が早く戦闘的で、周りを振り回しながら解決に向かって突き進んでいっていました。

ガンを何回もわずらい、何度も闘い抜いて克服しながらも、2011年にお亡くなりになりましたが、その佐藤弁護士が生前に書かれた本のタイトルが『子どもには何も残さず逝きなさい』というものでした。

多くの相続事件を手がけた佐藤弁護士の結論……それがこの言葉だったのだと思います。「その後の争族を避けるには、お金や土地といった有形の財産を子供に残すのではなく、子供の中に夢という形で託すことが大切である」というのが佐藤弁護士のメッセージです。

……実際には、そんな風に生きることも、逝きることもなかなかできずに、多くの「争族」が発生しています。統計によれば、相続財産ナン億円という規模ではなくて、5,000万円以下で70%以上の「争族」が発生し、1万3,000件/年ほど家庭裁判所で調停・審判が行われているとのことです。

相続事件は、さまざまな立場と、そしてその家族の歴史、それにまつわる感情が絡まるとても難しい分野だと思います。

私は、感情を踏まえつつも、税理士、不動産鑑定士、司法書士ら専門家と組んで、合理的に突き詰めるとこうなる、ということを多角的な視点でふまえ、それを依頼者と共有しながら進めることにより、あるべき解決に導くことができるものと思っています。